名古屋大学 大学院工学研究科 機械システム工学専攻/機械・航空宇宙工学科 バイオメカニクス研究室へようこそ!

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発生のバイオメカニクスに関する研究

シームレスな単軸引張・圧縮によるアフリカツメガエル胚の力学特性解明

【研究背景】
 生物の発生は,球形の受精卵から始まり,細胞分裂を繰り返していくことでその種固有の形態を獲得していく過程です.この過程で引張・圧縮などの力刺激が重要な役割をはたすと予想されていますが,詳細は殆ど判っていません.胚内部の力分布を知るには試料のヤング率を知る必要がありますが,我々の研究対象であるアフリカツメガエル胚のヤング率は圧縮では数10Paと報告され,これが胚のヤング率であると信じられてきました.ところが我々が胞内部を加圧して求めた引張のヤング率は数10kPaと従来の1000倍も高い値でした.しかし,両者は実験法が全く異なり,その影響がある可能性も排除できません.そこで本研究では,アフリカツメガエルの胚組織全体の引張と圧縮時の力学特性の違いを調べ,有限要素法と組み合わせることで引張・圧縮のヤング率の違いを推定しました.
【実験方法】
 原腸胚期の胚を用いて,図1のような実験系を作製しました.陰圧によって胚を保持できるガラスピペットを対向させて2つ用意し,陰圧を加えることで図2のように胚を両端から保持しました.片側のピペットを軸方向へ移動させることで胚に引張・圧縮を加えました.片側のピペットはアクリル板とシリコーンチューブから構成されたカンチレバーとなっており,ピペットを10 µm移動させるごとに顕微鏡で画像を取得し,胚の変形量とカンチレバーのたわみ量から胚の引張・圧縮時それぞれのスティフネスを計測しました.

図1.実験系

図2.保持した胚

【結果】
 図3 (a)に試験結果の一例を示します.引張・圧縮でグラフの傾きに大きな差は見られませんでした.この原因として,胞胚腔容積が保たれるため,圧縮時に胞胚腔内圧が上昇し,胞胚腔蓋に引張が作用する可能性が考えられました.そこで,次に胞胚腔蓋に小さな孔を開け,胞胚腔内圧の上昇を抑制した実験を行いました(図3 (b)).胞胚腔蓋が正常な胚を用いた試験結果と比較すると,圧縮時のグラフの傾きが緩やかになっていることが確認できます.つまり胚は引張時にかたく,圧縮時に柔らかい結果となり,先行研究と定性的には同様の結果が得られました.胞胚腔内圧上昇を抑えた胚の場合,引張時のスティフネスは圧縮時と比較して有意に大きく,約4倍でした.

図3.引張・圧縮試験結果 (a)正常な胚 (b)穿孔した胚

 胚丸ごとの引張・圧縮試験では,胚内部に圧縮力が作用する部分と引張力が作用する部分が混在するため,この結果だけでは組織内部のヤング率を知ることはできません.そこでこの試験を模擬した有限要素解析を行い,胚のヤング率推定を行いました.図4は使用した胚モデルです(モデル提供:鳥取大学・田村篤敬先生).胞胚腔領域は,正常な胚の場合は液体材料,刺入した胚の場合は空孔を設定しました.図5は均質なモデルに引張と圧縮を加えた際の胚内部のひずみ分布です.それぞれ部位によって引張と圧縮の加わり方が違うことが判ります.この結果を参考に胚内部の引張が作用する部位と圧縮が作用する部位に別々のヤング率を与え(図6),実験結果を再現できるヤング率の組合せを探しました.その結果,引張部位で5200 Pa,圧縮部位で80 Paのヤング率を設定したとき,実験で得られたスティフネスと同様な値が得られました.1000倍の差は得られませんでしたが,胚が引張にかたく,圧縮に柔らかいのは確実と考えられます.この理由は,細胞内部のアクチンフィラメントと呼ばれるヤング率がMPaからGPaのかたい線維が引張力を負担するが圧縮力はほとんど負担していないからでのはないかと考えられます(図7).

図4.胚モデル

図5.均質モデルの有限要素解析の結果
(a)圧縮シミュレーション (b)引張シミュレーション

図6.解析に使用したモデル
(a)圧縮シミュレーション (b)引張シミュレーション

図7.引張・圧縮時のアクチンフィラメントの状態