発生のバイオメカニクスに関する研究
レーザ切断によるアフリカツメガエル原腸胚表面の応力分布の推定
【背景と目的】
生物の発生は,腸の次は背骨が形成されるといったように複雑な変形が決まった順番に起こります.この形態形成は何によって制御されているのでしょうか? 従来の研究では,ホルモンなどの生化学的刺激が重視されてきましたが,1990-2003年に行われたヒトゲノム計画から,ヒトの遺伝子数は従来予想されていた量より圧倒的に少なく,ヒトの体は遺伝子に書かれた情報だけでは形成されないのではないかという疑問が生じてきました.このような生化学的刺激以外の因子のひとつとして力学的刺激の重要性が注目され始めています.これまでに,発生の初期に,胚のごく一部に作用する 流体力によって体の左右が決定されることや,貝の巻く方向が発生の時期に胚に加えられるトルクによって制御できることなどが報告されています.
私たちは発生のモデル生物としてよく用いられているアフリカツメガエルを用いて発生過程に及ぼす力学的因子の影響の解明を目指しています.現在,発生過程で最も大きな変形を伴う「原腸陥入」という段階に注目しています.この大変形の過程で,胚内部に様々な力が作用していることは確実なのですが,どの部分にどのような力が作用しているのかは,殆ど明らかになっていません.そこで,原腸陥入期のアフリカツメガエル胚を対象として胚にかかる力の大きさや方向の推定を目指しています.
【研究方法】
強力な紫外線(UV)レーザをごく短時間組織に当てると,殆ど熱を生じることなく組織に孔を開けることができます.これをレーザアブレーションと言います.この方法で胚表面に孔を開けた際の孔周辺の変形の様子から,胚にかかる力の大きさや方向の推定を目指しています.実験装置を図1に,レーザの照射位置を図2に示します.レーザ照射直後の胚表面の変形解析には,画面上の粒子の移動をトラッキングして移動ベクトルを 求める粒子画像流速計測法 (PIV) を用いました.
図1.Laser ablation system.
図2.Positions of laser ablation.
【研究結果】
レーザアブレーション後の組織変形解析の結果の1例を図3に示します.解析結果より,位置①-⑤,⑧,⑨では均等に変形し,位置⑥では270°方向に大きく変形し,位置⑦では0°,180°方向に大きく変形することが分かりました(図4).よって,力分布は位置①-⑤,⑧,⑨では均等な引張力,位置⑥では下(原口に近い) 方向に大きな引張力,位置⑦では左右 (原口走行) 方向に大きな引張力が作用していることが示唆されます.また,胚表面に結果を書き込んでみると,動物極側では均等な引張力が作用しているのに対して,植物極側では位置によって変形に差があることが分かりました.