名古屋大学 大学院工学研究科 機械システム工学専攻/機械・航空宇宙工学科 バイオメカニクス研究室へようこそ!

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皮膚のバイオメカニクスに関する研究

1)プローブ型局所弾性率計測システムの開発 

【研究の背景】
 ヒトの皮膚は表面から,毛髪や爪の原料でもあるケラチン(弾性率2GPa程度)が密に詰まった構造の角層,柔らかい細胞(ケラチノサイト,弾性率数10kPaのオーダー)が主体の表皮生細胞層,腱や靭帯を形作るコラーゲン(同1GPa程度)が毛糸玉のように絡まって層をなす真皮の三層で構成されています.構成成分の弾性率ならびに成分の配向状態の違いによってこれら3層の力学特性は大きく違うと予想されます.また,皮膚は加齢や紫外線照射などの影響により,各層の厚みが変化するほか,力学特性も変化することが報告されています.皮膚の力学特性の計測はこれらのメカニズムを解明する上で重要と考えられます.皮膚の弾性率を非侵襲的に計測する方法として,我々はピペット吸引法を応用しています(図1ー1).この方法では,吸引孔径dのピペットの先端を試料表面に接触させ,ピペット内部に吸引圧力ΔPを負荷することにより試料の一部をピペット内に吸引します.このときの吸引圧力ΔPと吸引孔中心軸上の試料の吸引変形量Lとの関係を有限要素法による数値解析の結果と比較することにより弾性率を比較しようとするものです.得られる弾性率は有限要素法による数値解析の結果,試料表層から吸引孔径と等しい深さまでの領域のものであることが知られています.従って,様々な孔径のピペットで皮膚を吸引することで,これら皮膚各層の厚みと力学特性を別々に求めることができる可能性があります.当研究室では,このピペット吸引法を応用した皮膚の力学特性計測装置の開発を進めています.

図1ー1.ピペット吸引法の原理

【実験装置】
 当研究室において開発を進めているレーザ変位計を用いたプローブ型局所弾性率計測システムの概要を図1-2に示します.この装置はピペット吸引法を応用したもので,試料をピペットで吸引する代りに試料表面に孔の空いた板を当て,この孔から試料を内部に吸引します.そして吸引変形量を孔の直上に設置したレーザ変位計で計測する装置です.この仕組みで皮膚の表面から吸引孔径分の深さまでの平均的な弾性率を非侵襲的に測定することができます(図1-2).

図1-2.弾性率計測システムの概念図(左)と測定風景(右)

 皮膚の力学特性を論じる際には,硬い柔らかいといった弾性特性だけでなく,「ハリ」や「モチモチ・プリプリ感」と言った言葉で表される粘弾性特性(力を加えた時にどのような速度で変形が進行するのか,と言った観点)も重要になってきます.そこで,弾性率計測装置を改良して,粘弾性が計測できるようにしています.すなわち,弾性率計測では時間に比例した陰圧を負荷し,それに伴う皮膚の吸引変形量を計測しますが,粘弾性率の計測ではステップ状の陰圧を皮膚表面に負荷し,その後の皮膚の吸引変形量の増加の様子を計測します.陰圧を負荷した際にえられる時間と吸引変形量の関係に,バネとダッシュポッドで構成される3要素力学モデルを当てはめます.求められた3つのパラメータと年齢,性別,部位,角層水分量を比較することにより,皮膚の粘弾性特性の変化が何に起因するのかを研究しています.

図1-3. ステップ吸引による皮膚の粘弾性特性評価の概念図.

 弾性率計測システムを用い,計測場所による弾性率の違いをブタの頭皮で検討しました.計測場所によって測定値に差があり,計測場所の皮膚組織の染色画像(図6)より,皮膚組織に違いがありそうなので,皮膚組織と弾性率との関係を調べました.毛穴の面積と弾性率の間には,弱い相関関係がみられました.今後この画像を用い,弾性率と顕著な関係がある要因の解明を行う予定です.

図1-4. 皮膚組織内部の様子(アザン染色)と計測された弾性率の例