細胞のバイオメカニクスに関する研究
動的圧縮刺激による核内DNA凝集状態の変化と細胞周期の関係
研究背景
細胞は力学刺激を受けることで,その機能を変化させることが知られています.これは力学刺激が細胞核内DNAの様態を変化させ,遺伝子発現(DNAからのタンパク質の産生)を変化させるためだと考えられています.過去の研究では,細胞を播種したディッシュを振動させると周波数に応じて遺伝子発現が変化することが指摘されていますが,一方で個々の細胞核に対して動的な変形を加えるような研究は行われておらず,動的な力学刺激に対する細胞応答は明らかになっていません.そこで,本研究では細胞に対して動的な圧縮刺激を加えた際のDNA凝集状態の変化を調査しました.また,細胞には分裂に際して細胞周期と呼ばれるサイクルがあります.この細胞周期によって,核内のDNA状態は変化しており,そのため細胞の力学刺激に対する応答も細胞周期の影響を受ける可能性があります.そこで本研究ではDNAが複製される時期であるS期の細胞とそれ以外の期の細胞を分けて調べました.
実験方法
細胞に対して動的圧縮刺激を加えるために,図1のような実験系を作製しました.フランジ付きのディッシュを作製し,その中に細胞を播種しました.それをリング型のピエゾアクチュエータに嵌め,顕微鏡上に設置し,ガラスピペットの先端を球状に加工した圧子で細胞を押さえて,ディッシュを上下に振動させることで細胞を圧縮し,圧縮によるDNA凝集状態の変化を調べました.
細胞周期の判別法・画像処理方法
細胞周期を判別するためにEdUと呼ばれる物質を使用しました.これを使うことで図2のようにS期の細胞のみを識別できます.
図2 細胞の蛍光画像.(左)Hoechst 33342(右)EdU
実験で得られた画像を画像処理し,DNA凝集塊の個数Naggr と核投影面積Anuc を計測しました.画像処理方法は図3のように,背景減算によって凝集塊のみを抽出し,二値化処理後に一定以上の大きさの点をカウントしました.計測例を図4に示します.
実験結果
800 Hz,5分間の圧縮を行った結果を図5に示します.動的圧縮によって,S期細胞ではDNA凝集塊数が減少し,核投影面積は変化しませんでした.一方で非S期細胞ではDNA凝集塊数,核投影面積共に増加しています.これらの結果から動的圧縮によるDNA凝集状態・核面積の変化は細胞周期に依存していることが分かります.この原因としてはDNA凝集塊についてはS期ではDNA複製のために凝集が緩み減少し,非S期では圧縮前は計測されなかった小さな凝集塊にDNAがさらに集まり増加しているのではないかと考えられます.また,核投影面積はS期ではDNA複製のため内圧が高まり変化せず,非S期では核が圧し潰され増加している可能性があります.
図5 800 Hz,5分間の圧縮前後の核状態(左)DNA凝集塊数(右)核投影面積
また,800 Hzと400 Hzで動的圧縮を行った場合のDNA凝集状態の時間変化を調べた結果を図6に示します.DNA凝集塊数はS期細胞では800 Hzで減少,400 Hzで増加し,非S期細胞では800 Hzでは増加傾向を示すものの有意差なし,400 Hzでは変化しませんでした.核投影面積は800 Hzの非S期細胞で増加傾向を示すものの,いずれも有意差はありませんでした.これらの結果から動的圧縮によるDNA凝集状態の変化は圧縮周波数に依存していることが分かります.この原因としてはDNA凝集塊の共振周波数による影響で振動応答が変化している可能性があります.
図6 核状態の時間変化.(左)DNA凝集塊数(右)核投影面積