細胞のバイオメカニクスに関する研究
培養基板の微視的形状が細胞の挙動に与える影響
研究背景と目的
細胞が自身の遊走方向を決める仕組みを知ることは,細胞遊走制御技術や生体内での細胞遊走の謎の解明につながるため,重要な課題です.
接着性の細胞は接着面の形状を感知してその遊走方向を決めることが知られています.この現象は細胞の大きさ (数10 μm) よりミクロな形状とマクロな形状の双方に対して起きることが報告されています.
細胞よりミクロな溝が平行に存在する面上では,細胞は溝に沿って遊走します.また,細胞がすっぽり入るようなマクロな溝 (雨樋状の円筒内面) では細胞は曲率0となる長軸方向に,すなわち溝に沿って遊走します.
しかし,これらのミクロな溝とマクロな溝が同時に存在する面上では,細胞遊走がどのような影響を受けるか分かっていません.
そこで,本研究ではミクロな溝とマクロな溝が同時に存在する接着面上で細胞遊走が受ける影響を明らかにすることを目的としました
方法
ミクロな溝とマクロな溝が同時に存在する接着面として,溝付き円錐内面を考案しました.
円錐内面をマクロな溝とみなすと,細胞は曲率が0となる母線方向に遊走しやすくなると考えられます.
一方で円錐内面上にはミクロな溝が円周方向に配向しており,この影響を受けた細胞は円周方向に移動しやすくなります.
このように,細胞遊走に対して相反する影響を与える2つの形状を持たせた細胞培養基板を,シリコーンゴムの一種PDMSを鋳型で成型することで作製しました.
また,円周方向のミクロな溝について,溝が浅い=なめらかな基板と,溝が深い=あらい基板をそれぞれ作製しました.
この基板上に細胞を播種し,細胞遊走速度の円周方向成分と半径方向成分を算出しました.
図1 培養基板作製方法 (a) と溝付き円錐内面の概要 (b).
結果
なめらかな基板ではマクロな溝の曲率が1/300 /μmを超える細胞が,母線方向により大きく移動しました.
マクロな溝の曲率が大きいほど,細胞はマクロな溝の影響を受けやすくなったものと考えられます.
一方あらい基板では,ミクロな溝の影響が大きくなり細胞は円周方向に移動しやすくなると予想されましたが,逆にマクロな溝の曲率が1/300 /μmより小さい地点の細胞も母線方向に大きく移動しました.
これは円周方向のミクロな溝が深いほど細胞が母線方向のマクロな溝を感知しやすくなることを示しています.
図2 なめらかな基板とあらい基板上での細胞遊走速度成分.
この一見直感に反する結果が得られた原因を探るため,基板上での細胞の形態を観察しました.
細胞には糸状仮足という突起があり,細胞はこれを周囲の環境を感知するために使っていると考えられています.
この糸状仮足の配向が,2つの基板で異なることが分かりました.
あらい基板上では,なめらかな基板上と比べて糸状仮足が円周方向に配向しやすくなっていました.
円周方向はマクロな溝の曲率が最大となる方向です.
これらのことから,あらい基板上ではミクロな溝の影響で円周方向に配向した糸状仮足が曲面に沿って伸びることで大きく湾曲したため,細胞はマクロな溝の曲率を感知しやすくなり母線方向に大きく移動したと考えられます.