細胞のバイオメカニクスに関する研究
核への圧縮刺激が細胞に与える影響の評価
研究背景と目的
細胞は引張・圧縮・せん断のような力学刺激に応答することが知られています.
これは,力学刺激が細胞核内DNAの様態を変化させ,遺伝子発現(DNAからのタンパク質の産生)を変化させるためであると考えられています.
近年の研究では,細胞に引張などを加えて変形させた際の応答がよく調べられていますが,細胞核を大きく変形させた際の応答についてはあまり調べられていません.
そこで,本研究では細胞核自体を数10%変形させた際の応答について研究を行いました.
接着した細胞の圧縮
接着した細胞の圧縮による影響を調べるため.図1のような実験系を作製しました.
ガラスピペットの先端を球状に加工し,ディッシュに播種した細胞を圧縮し,圧縮前後のDNA様態を観察しました.
その結果,図2の通り,50%程度の圧縮ひずみを加えても,DNA様態にはあまり変化が見られませんでした.
図2 接着した細胞の圧縮によるDNA様態変化の代表例
単離した細胞の圧縮
細胞に大きな変形量の圧縮を加えるため,図3のような大規模細胞圧縮装置を開発しました.
この装置は,(1)引張を加えて溝を拡げ,(2)溝内に細胞を落とし込み,(3)引張を解放することで溝を狭め細胞を圧縮する という仕組みです.
溝構造は,フォトリソグラフィにより作製した鋳型をシリコーンゴムの一種であるPDMSに転写することで作製しました.
この装置で細胞を5回圧縮した際のDNA様態変化を図4に示します.
小さなDNA凝集塊の個数が増加しており,圧縮によってユークロマチンが凝縮してヘテロクロマチンとなったことが示唆されます.
また,細胞内のRNA量を定量するRT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)により遺伝子発現量を調査しました.
溝内で10分間放置してから48時間ディッシュ上で培養した群(Groove群)と比較して,5分間1/6 Hzで圧縮を加えたのちディッシュ上で48時間培養した群(Compression群)のActb(βアクチン,細胞骨格成分のひとつ)およびRunx2(骨分化マーカー)の発現が,有意差はありませんが増幅される傾向があることが分かりました.
基板上に薄く拡がり接着した細胞の場合には,核を圧縮してもあまり大きく変形せず,凝集塊の数には顕著な変化が見られない場合が多いようでしたが,基板から剥離され丸まった細胞の場合には,核の変形に核内部の凝集塊のサイズ分布が変化すると共に遺伝子発現にも変化が出る可能性があることが示唆されました.
図4 装置での圧縮によるDNA様態変化の代表例.(上)DNA染色した投影画像,(下)DNA凝集塊の個数および体積分布の変化.
図5 RT-PCRによる遺伝子発現量の定量化.Grooveは溝内で10分間放置した群,Compressionは5分間1/6 Hzで圧縮した群.