血管のバイオメカニクスに関する研究
微視的視点に基づいた血管壁内の残留応力・ひずみ分布の解析
研究の目的と背景
生体組織には「恒常性」という仕組みがあります.これは環境変化に対して組織自身の内部環境を一定に保とうとする働きです.生体内で温度やpHは一定に保たれます.このことが応力やひずみなどの力学的因子についても成り立つ可能性が指摘されています.例えば,血管は生体内で血圧を受けている状態で,壁内の応力・ひずみ分布が一様になっていると考えられています.血圧が負荷されている状態で,壁内の応力分布が一様になるならば,壁内に残留応力・ひずみが存在することになります.実際,輪切りの血管の1カ所を円周方向と垂直に切ると,輪が弧状に開くことから,このような残留応力の存在が確認されています.ところで,血管壁はエラスチンやコラーゲンなどの複数の材料からできています.そして,これらの材料の力学特性は互いに大きく異なります.硬さの違う材料が接合し変形すると残留応力が生じます.そこで,本研究では血管壁断面を一点一点押し込み,その硬さと表面形状を計測することにより,ミクロな残留応力の解析を行います.
研究方法
SMIT(Scanning Micro Indentation Tester)は試料表面を走査しながら,各点においてカンチレバーで押し込み試験を行い,走査範囲中の各点における表面形状と硬さを計測する装置です.表面形状はカンチレバーと試料が接触するとレーザ変位計により検出されるカンチレバー先端の変位増加量が変わるので,これを元に構築します.硬さは押し込み時のカンチレバー先端のたわみ具合から算出します.
図2 Scanning Micro Indentation Tester (Matumoto et al, J Biomechanics,2004)
・試料の作成(図1)
切り出した血管を,切断しやすくするために,ゲル化温度30~31℃の寒天に埋めます.硬化した寒天を試料槽に瞬間接着剤で固定後,マイクロスライサで切断します.
・装置(SMIT)(図2)
本装置は4つの機構と試料槽により構成されます.
- 1,押し込み機構
- 圧電アクチュエーターにより発生する微少変位を「てこ」の原理で増幅して,カンチレバーで押し込みを行う.
- 2,軸ステージ機構
- 試料を走査するためのX-Yステージ
- 3,変位計測機構
- カンチレバー先端の変位を計測するためのレーザ変位計など
- 4,計測.制御装置
- 装置全体の制御を行い,入出力を担当するノートパソコン(制御ソフトはLabVIEW)
・カンチレバーの作成
1mm×100mm×0.145mmのガラス板の中心付近を加熱しながら両端を引っ張ることにより先端の尖ったガラスバーが2枚できます.
このガラスバーの先端を加熱しながら直角に折り曲げることにより作成します.
研究結果
図3は実際に血管壁断面について測定を行った結果です.このように血管壁の切断面を見てみると,その表面形状は凸凹があり,場所によって硬さも違うことがわかります.また,有限要素法を用いて残留応力解放時での弾性板層と平滑筋層の変形を解析したところ(図4),平滑筋層を当方均質でなく,力学的な異方性がかなり大きいことが示唆される結果が得られました.
図3 表面形状(a)と硬さ(b)の分布 (Matumoto et al, J Biomechanics,2004)
測定断面:血管円周方向に垂直な断面
測定範囲:100μm×100μm
測定間隔:2μm
図4 残留応力解放時での弾性板層と平滑筋層の変形の有限要素法解析 (Matumoto et al, J Biomechanics,2004)