血管のバイオメカニクスに関する研究
大動脈へのFRET型張力センサの導入法の開発
研究背景と目的
生体軟組織の力学応答を解明するには組織内の細胞の変形状態を知ることが必須です.
最近,細胞に
FRET型張力センサを発現させ,
細胞内のひずみを計測することが可能となってきています.
本研究ではこのセンサを発現した細胞(ひずみゲージ細胞)を組織内に導入することで組織内の微視的ひずみを可視化し,直接評価することを目指しました.
組織への細胞導入と配向評価
ひずみゲージ細胞として,当研究室で開発中の体中で張力センサを発現するマウスから単離した血管平滑筋細胞を用い,
これをラット胸大動脈壁内に注入しました.その結果,図1に示すように内膜表面から4層程度まで注入部位で細胞核及びドナーの蛍光が観察され,
組織内へのひずみゲージ細胞の導入に成功しました.
図1 細胞導入結果.z:軸方向,θ:円周方向,r:半径方向.組織に針を刺すことにより,組織に円周方向の亀裂が生じ,この中にひずみゲージ細胞が導入される.血管を透明化処理して観察.
細胞導入後に大動脈を培養し,導入細胞の配向変化を調べました.
配向は楕円体近似した細胞核の方向で代表させ,核の長軸cとz軸のなす角β,長軸をrθ面に投影した軸c’とθ軸とのなす角ξで評価しました(図2).
培養に伴いβは90o付近に集中し,ξは0o付近に集中するような結果になりました(図3).
これは血管内に元々存在する平滑筋細胞の方向であり,導入細胞が既存の細胞と同じ配向を示すという興味深い現象を示唆する結果です.
ひずみゲージ細胞導入組織の引張負荷
導入細胞の組織との接着状態,並びにひずみゲージとしての機能を評価するため,
細胞導入組織を引張った際の細胞の核間距離,並びにFRET ratioの変化を調べました.
組織を円周方向に引張った場合,導入細胞と既存細胞の核間距離の変化は等しく(図4),
軸方向に引張った場合も導入細胞が組織間を橋渡ししているような様子が観察され(図5),
導入細胞は組織と強固に接着していると考えました.
また,まだ1例だけですが,引張に伴い導入細胞のFRET ratioが低下している結果が得られました(図6).
これは導入細胞がひずみゲージとして機能していることを意味しますが,組織を透明化した場合には逆の現象が見られており,今後更なる検討が必要です.
以上より,組織内にFRET張力センサを導入し,ひずみ分布を計測する基礎を確立できたと言えます.
図6 円周方向引張に伴うFRET ratioの変化.